2014年12月30日火曜日

クヨ活


「クヨ活」は「供養活動」の略で、手帳やぬいぐるみ、古いケータイやスマホ、メガネなどなど、今まで大切に使っていたモノに「ありがとう」という気持ちを振り向ける活動だとか。

仏様のもとでいったんリセット。区切りをつけ、供養し、感謝の気持ちとともに次につないでいく活動なんだそう。


そんな話をJ-Waveで聞き、いま、ブログを書いているのは、ある意味、経験のクヨ活なのかも?!って、思ったりした。

で、「思い出 供養 活動」で検索してみたら、はてなが "Quyo" という、捨ててしまったモノの思い出をつづって共有するサービスを公開!なんて記事も出てきた。


思い出を供養しつつ、次につなげていきたいな、と思う年の瀬。だからどーした?って話もあるけど(^_-)読んでいただいているみなさま、ありがとうございます。来年もちょいちょい書いていくので、よろしくお願いいたします。

!それでは、ちょいと早めですが、よいお年を!
 


2014年12月23日火曜日

Yさんのこと(後編)

「Yさんが自殺したよ」

いつも淡々と話すその人は、その時も淡々と言った。

「亡くなったの?」

「ああ」

例えば地球に巨大隕石が衝突し、7人だけが生き残るとしたら、Yさんはその7人に必ず入るタイプだと思っていた。仮に何かの間違いで自殺したとしても、途中で木に引っかかったりして、生き延びるタイプだと、何の疑いもなく信じていた。

彼の自殺を教えてくれた人は、予測される原因を少しだけ話した。それにしたって。

いつもテキトーなことばっかり。そんな彼が、真顔で話をしたことを2回覚えている。1回はあたしの数字が上がっていなかったとき、調子はどう?と誰かに訊かれ、グッと詰まったとき。珍しく真剣な表情で言った。

「そういうときは、間に受けなくていいんだよ。ぼちぼちって言っときゃいいんだ」

もう1回は、何かの拍子に彼が「お前は客に信頼されてるな」と、ふっとつぶやくように言ったこと。

人間はわからない。本当の気持ちもわからない。彼が飛び降りたという、ターミナル駅のデパートの屋上は、埼京線のホームに立つと見える。

その建物を見上げたり、その景色を思い出しながら、こうやって書いていても涙が出るのはなぜだろう。

今でもどこかで大風呂敷を広げて、ニヤッと笑ったり、妙に生真面目な顔をしながら、いい加減なコトを並べて、トーク炸裂してる彼がいるような気がする。いてくれればいいのに、って思う。

2014年12月16日火曜日

Yさんのこと(前編)

とあるアウトソーシングプロジェクト。様々な過去を持つ人々が臨時雇用され(95%が男性)、目標数字を与えられる。1か月ごとの数字を達成しなければ、さようなら。

カオスなのに、至ってお気楽、能天気、明るい人が多い。

「失業者の集団なのに、悲壮感がない」と冷静にコメントした人がいたけど、言い得て妙。

今ほど法律が整備されていなかったので、明日から来なくていい!的なことを言われ、労働基準局に駆け込んだ人も。

「カラアゲ」と言われる架空受注、多種多様な工夫をする人もたくさんいた。昔のこととはいえ、ちょっと書けないようなことばかり。

そんな中で、彼の「工夫」は、どこかかわいく、昭和で、憎めないところがあった。

ネコの名前で大量の申し込みを計上、無料期間が終わる前に全解約して、一言。

「だってウチのネコたちじゃ、使えないもん」

交通費は、定期を持っている区間を各駅停車で降り、営業したことにして、毎日、全額請求していた。

ま、当時、小粒にしたって、似たようなことをしていた人は多かった。それが通っちゃうような時代だったのね。ただ彼みたいにアッケラカンと、大胆に、堂々とは、なかなかできない。

でもそんな時代は長くは続かず、ある日彼は、消えた。

どこどこで仕事している、どこどこで見かけた。いろんな噂を耳にした。彼を知る人は、あたしも含め、人懐っこさとワルが入り混じった独特のキャラを思い出して、懐かしんでいたんじゃないかと思う。

そして長い時間が流れたある日...。

(後編に続く)

 「・・・」(ミッケ)

2014年12月9日火曜日

30本の手で引っ張られるようなキョーレツな眠気


ある朝、個人宅受注を目指し住宅街に向かう電車に乗ると、目の前に同僚が。喋らないのも気まずいので、訊いてみた。

「どちらに行かれるんですか?」

「家に帰るんです」

いったん出社し、朝礼後「行ってきます!」と外回りに出掛けるかのように飛び出し、家に帰るってパターン。

言わなきゃいいのに。
正直なのか、観念したのか、どうでもいいと思ったのか、もうすでに辞める気だったのか。

いにしえ営業マンの客先以外の行き先ベスト3は、パチンコ、散髪、ポルノ映画(もうポルノ映画館は壊滅状態だけど)。面と向かって言わないにしても、家に帰ってた人はけっこういた。定期があれば、お金もかからないし、ゆっくり寝られる。

でも、ウチに帰るって、もっともクリエイティビティがないサボり方じゃないかと思う。社会とつながってないから、ネタも生まれないし。

しかし、ある日の昼食後、沼から出て来た30本の手で引っ張られるようなキョーレツな眠気に襲われた。アポもなかったので、家に帰ることに。

午睡を終え、夕礼に間に合うように帰社しようと近所の駅に向かっていたら、同じチームの男のコが真正面から歩いてきた。

ああ、やっぱり神様は見てるんだにゃ〜と、確信するの巻。仕事してたような顔をして、余裕満々で微笑んだつもりだったけど、バレバレでしょう。消せないまったり感が、全身にまとわりついていたはず。

大アクビしたら、思わず顔がなくなっちゃいました。我ながら、牙が鋭いにゃ~(ミッケ)

2014年12月2日火曜日

!怒りがどうにも止まらない!

「まずお客様の話を聴きましょう。人は話すことで、落ち着きを取り戻します」
と、クレーム処理のマニュアル等には、たいていこんなコトが書いてある。

相手が怒っていなくても、やっぱりコミュニケーションの入り口は、話を聴くところから始まるんだろう。

例えば飛び込みで訪問したときや、見ず知らずの会社に電話するとき、警戒感剥き出しのお相手の話を聴く。少しずつ、だんだん表情が緩みんでいくのを目の当たりにするのは、大きな愉しみ+悦びのひとつ。

仕事とはいえ、いきなり踏み込んでいくのだから、せめて会っている間は、先方にとっても、少しでもいい時間にしたいと思う。

ある日、外国人にも大人気の下町観光地で飛び込んだときのこと。担当者をお願いすると、現れた女性はすでに怒っていた。

繰り返し、様々な営業マンがやってくる。何度も申し込んだが、何も変わらず、また別の人が来ては同じ話をすると言う。

「いったい何なの!!!」

話せば気持ちは落ち着くどころか、話せば話すほど、以前訪れた営業マン達のトークや立ち振る舞いが蘇ってくるらしく、怒りは増長していった。

こんなに怒りが持続する光景を見たのは、ベネズエラの銀行で長時間延々待たされた時以来だ。前に並んでいた女性は、赤の他人なのに血圧が心配になるほど、怒髪天を衝くかのように怒っていたっけ。

言いたいきとはハッキリ言う下町気質は、ラテン系と共通項があるかも?! 修復不能な状況で、そんなことがふっと頭をよぎった。

クレームは大きく分けて、3種類。

まず話をして納得すればファンになってくれるタイプ。次に言いたいことを言って、スッキリするタイプ。最後はクレームをつけることに生きるクレイマータイプ。

そしてこの時、言いたいことを言ってもスッキリしないどころか、ますますヒートアップする人もいることを学んだのでした。


はじめまして、もんただよ。ミッケママの実家で、庭ネコ兼番ネコやってます。あやしいやつには威嚇するのにゃ~!