2015年3月31日火曜日

ダンコンの世代

NHK Eテレで「団塊スタイル」という番組をやっていて、まだ見たことないけど、風吹ジュンの司会が魅力的なんだそうだ。

今となっては、遠い昔のことだけど、かつて彼女は歌手だった。とってもかわいかったけど、歌唱力抜群、粒揃いの歌手がたんまりいる現代では考えられないほど、歌がヘタだった。「愛がはじまる時」で検索すると、出てきます。

年齢詐称疑惑、暗い過去、失踪...。1970年代スキャンダルまみれだった彼女が、まさか、こんなステキに歳を重ねるなんて! どこか、カイリー・ミノーグに重なる。

そんなこんな思い出してたら、何の脈絡もなく、かつて「団塊の世代」を「ダンコンの世代」と思いこんでいる人のことが蘇った。

お客様だったので、いわゆる商談中の世間話中に、何度も、何度も、あたしを試すかのように「男根の世代」を連発する。

わーっと叫んで、笑い出したくなる衝動を必死にこらえ、何とか別の話題に持っていったけど、それでも衝動は蘇る。

あれは、キビしかったな(^^;;
ってなわけで、今回はここまで(^^;;
(追記:エイプリルフールではなく、実話です)

夜桜@後楽園駅近くの公園。
東京は桜が満開!雨に当たってないので、花びらがピン!と張ってて、ムッチムチ(^^)v

2015年3月24日火曜日

浜岡原発(後編)


「ここには何もないんです」と、民宿の人は言っていた。

夕陽がとってもきれいな、静岡県最南端の岬がある町。灯台、砂丘、そして浜岡原子力館。

御前崎をクルマで走ってたら、地球が丸いことを実感できたような気がした。でも、寂寥も感じた。

産業が少ない町に、原発を作る。原発があれば、仕事が増えていいと言う人もいる。そして作った電気を大都市圏に供給する。

浜岡原子力館展示を見学していると、化石燃料は有限だし、温暖化、オゾンホール...。原子力発電は、必要なのかも?と思ってしまう。そもそも日本の原発が廃炉になっても、アジアの近隣諸国がどんどん原発を作るだろう。

いま現在は、日本で稼働している原発はない。節電という言葉もめっきり耳にすることが減った。電気は足りてる。なのに、原発再稼働を主張する政府。

行ってみて感じた。それは原発が軍事施設だから。国防なのね。

原子力館の中には、原発に関する様々な資料が、誰でも見られるように公開されている。

帰り際、資料の写真を撮ったすぐ後、ふと振り返ると、警備員がすぐ脇にいた。別の展示場所に移動しても、5メートル位離れたところに、立っていた。気のせいかもしれないけど。

受付のおねえさんに「原発の中には入れないんですか」って訊いてみたら、「国から原発内は立ち入り禁止という指示が出ているんです。地元対象の内部見学はあります」と返ってきた。

あたしは原発反対派だったけど、今回御前崎に行って、わからなくなった。

結局、原発そのものではなく、原発を管理している会社の隠蔽体質が問題。

原発事故によって、故郷に帰れない人がたくさんいるのに、漏れている汚染水を隠し、原発再稼働なんて、やっぱり受け入れられない。ましてや、他の国に輸出するなんて!

あたしに何ができるだろう?


2015年3月17日火曜日

浜岡原発(前編)

「実際に原発を見ると、冷たくて、無機質、自然界に存在してはいけないものだと感じた」という話を聞き、一度は実際に見てみなければ!と思っていた。そして、そのときが来た。

早い話が、軍事施設。入口では構内に入るためのIDチェックが行われていた。南米のどこかで見たな、こんな光景。そりゃそうだ、規制しなかったら、過激な原発反対派からテロリストまで、誰でも入れてしまう。

原発の隣りに、浜岡原子力館という、以前、渋谷にあった電力館のような、立派な展示館がある。

2階からは原発を見渡せるが、もちろん撮影は禁止。警備員さん常駐。

想像していた原発のイメージは(なぜか)テラテラ光る、金属製の円柱の建物だった。しかし実際には巨大な倉庫といった感じの四角い、肌色の建物だった。周囲の風景と調和しやすい肌色にしたのは、物々しく感じさせないための配慮か。

原発周辺には、たくさんの鉄塔があり、鉄塔に挟まれて大鳥居が、スクっと立っている。自然の中で人間が営んできた歴史、ひとつの象徴である鳥居を鉄塔が囲んでいる風景は、忘れられない。

そして、とても海に近い。海のすぐそばに立っている。

原子力館では、ゆるキャラ?をふんだんに配置、楽しく原子力を学べるつくりになっている。

なぜ、原子力が必要なのか?

酸性雨、オゾンホール、砂漠化、熱帯雨林の減少、海洋汚染、温暖化、人口の爆発的増加、底をつく化石燃料...。

思わず、なるほど〜!と頷いてしまう。

館内では、若いお母さんが子供を遊ばせていたり、お年寄りの姿も目につく。映画上映もあった。時間がなくて映画は見れなかったけど、プラネタリウムのような劇場の中を、とても感じいい女性スタッフが見せてくれた。

御前崎に到着したときの情景が、ふと蘇った。片側3車線のガランとした広い道。人はもちろん、クルマもほとんど走っていない。民宿のおねえさんが、言っていた。

「ここには何もないんです」

(来週に続く)


2015年3月10日火曜日

ブログのタイトルを変更しました。

今までやってきた営業という仕事を振り返りたかったというのが、このブログを始めたキッカケ。でも書いてみたら、いわゆる「テクニック」的なコトは、トキメキがない。

例えばテレアポで、担当者に電話口まで出てきてもらうためには、多少のテクニックがいる。多種多様な営業電話がかかってくる中で、「この電話には出る必要がある」という、ある意味切迫感を持ってもらうためのトークは不可欠。

そういうテクニックって、仕事中に語る分には炎と燃える。が、文章に書いていると意図的過ぎて、お客さんに申し訳ない気持ちになってくる。

情熱を持って語り、お客さんにとって有意義とまではいかなくても、楽しくて、多少タメになる時間だったなって思ってもらえることを大切にしたい。

テクニックは、その時間を持つための入口。話してもらえなければ、何も始まらないから。

それと今月から、やっぱりご縁なのかも!?というような偶然が重なって、かつて長〜い間お世話になった会社のグループ会社で、再び法人営業に戻らせてもらったことも、タイトル変更の理由のひとつ。

というわけで、新しいタイトルは「ああでもない こうでもないとあれこれ考え やってみる愉しみ」。

ま、ほとんど変わらないみたいなもの。たまには営業ネタも入れつつ、続けたいと思います。案外、週1回更新っていう軽〜い縛りが心地いいことに気づいた今日この頃。

ってなわけで、ゆるゆるいきますので、これからもよろしくお願いいたします。

あたしは引き続き、出演決定(^^)v ところでこの写真で狙っているのは、右上の黒いシミ、つまりクモでしゅ。ママは「守り神なので、食べちゃダメ」って言うけど、ああ、この動きがたまらにゃい(ミッケ)

2015年3月3日火曜日

大失敗

6年で12社も転職していると、ふとした瞬間、自分がどの会社にいて、何の仕事をしているのか、真っ白になることがある。うんにゃ、それは転職回数の問題ではなく、天然ボケの天然が取れた、ただのボケ状態なのかもしれないけれど。

電話をかけるときは、思わず前職の社名を口走ったりしないよう、つくづく昭和生まれだと痛感しつつ、電話機に現在の社名を貼っておいた。しかし、その時は来た。

電話の切り際「今後ともよろしくお願い申し上げます」だけじゃインパクトがないので、日頃から「今後とも◯◯◯(社名)をよろしくお願い申し上げます」と、社名を入れることにしている。そのほうが引き締まるし。

ちなみに、相手から断られたとき「何かありましたら、よろしくお願いします」と言う人がよくいるけれど、具体性なさ過ぎ。

だったら「今日はお時間をいただきありがとうございます。次回ご検討の際には、弊社製品のご検討をよろしくお願い致します」のほうが、相手の印象はよくなると思う。

と、話を逸らしてみたけれど、つまり肝心なところで致命的に間違えた。

「今後とも◯◯◯(社名)をよろしくお願い...」の下りで、前職の社名を堂々と、力強く告げたのでした。

相手もまわりもあたしも、凍りついた。会話の少ないオフィスだったので、しーーーんと静まり返っている中での出来事。

あーだこーだ考えるのもいいけれど、余計なコトは言わないほうがよっぽどいい、というお話でした。
ネコじゃらしキャッチ!ネコは勢いだけでもいいけれど、人間はちゃーんと考えなくちゃいけないのにゃ(ミッケ)