2016年8月25日木曜日

ビバ、ブラジル!(オリンピックが終わって)

寝てるときも意識下でオリンピック見てて、起きてるときもオリンピックを見てないときは、半分寝てる。そんな、みんな夢の中みたいな日々が終わり、すでにリオが懐かしい今日この頃。

開幕直前まで施設ができてない、治安が最悪、選手村が水漏れだらけ、いったい大丈夫なのか?と世界中をヤキモキさせたブラジル。

「ボクたち、ギリギリがダイスキ!」
って言ってたのは、とあるブラジル人。ラテン系って、ホント、追い詰められないとやらない。追い詰められれば、やる。すごい力を発揮したりする。本番までに出来れば、いいのにゃ(^_-)

とにかくテロだけは起きないように!と、取り締まりを超強化。どんな風に強化したかというと、明らかに忘れ物と思われるものまで、置き去られた荷物は片っ端から爆破してたんだそう。そりゃ正解?!爆破すれば、爆発物も木っ端みじん。そんな大雑把さが、またまたブラジル。

そして迎えた開会式。色彩とビートに溢れ、すばらしかったなぁ。ブラジル、こんなにできるんだ!どうだっ!って、世界中に見せつけた感じ。思わずうるうる。

貧富の差が拡大していて、オリンピックに莫大なお金をかけてる場合じゃないとしても、ブラジルの底力を世界に向けて表現する、またとない機会になった気がする。

本番が始まってからも。藻が原因?プールが緑になったり、ナイジェリアとニジェールの国歌を間違えて流したり、国旗の星の向きが違う!と中国から文句を言われたり、大雑把のオンパレード!

それにしてもリオの強盗発生率は日本の660倍とか、リオがいかに危険な街か、ニュースでよくやってるんだけど「強盗」って何?って、ふと思ったりする。

例えば、相手に怪我させることなく、スマホを盗むのは、強盗というよりはコソ泥じゃないかしら。

どこの国だったか忘れたけど、ラテン人が「尻ポケットにお財布入れてて盗まれたなんて、そりゃ罪は盗まれるほうにあるのよ」って、言ってたことがある。

ま、盗むほうにも罪はあると思うけど、お尻のポッケにスマホ入れてたら「どうぞ〜」って、差し出してるようなもの。

アメリカのリレーチームの選手4人「リオ五輪 金メダリスト強盗被害は虚偽」というニュース。理由はハッキリせず、悪ふざけだったという説も。趣味が悪すぎる冗談は、許せん!!!メダル剥奪されてもいいくらいの罪深さじゃない?

オリンピックが終わって一番印象に残ったのは、吉田沙保里選手の涙。「お父さんに怒られる」と泣きじゃくる姿には、霊長類最強と言われた全盛期の面影はなかった。

銀メダル後のインタビューで謝り続ける彼女。全力を尽くしたんだから、謝らなくていいのに〜。

と思いつつ、悪いコトをしても絶対謝らない人、責任を取らない人が増殖しているような昨今。日本選手団の主将、レスリングのキャプテン、周囲の人々のとてつもない期待...。全部背負って、責任を果たすためにあんなにがんばって、銀メダルを取ったのに謝って...。究極の美徳のようなものを感じたりもしました。

今でも彼女が決勝戦で負けた後の様子がテレビで流れるたびに、うるうる。電車の中で、そんな彼女を思い出すだけでも、うるうる。

吉田沙保里選手も人間だから弱いところもあるし、頂点を極め尽くしても衰えるときは、来る。そんなことを目の前で見せつけられて、物哀しさを感じたりする晩夏。

福原愛ちゃん。子供の頃から四半世紀以上、日本中が彼女の成長を見守ってきた。「卓球」という地味めなスポーツを根付かせた愛ちゃんは、たくさん勝つけど、負けることもちょいちょいあって、みんなドキドキ。

女子団体準決勝、フルゲーム、フルセット。追い上げまくった後、エッジボールで負けたとき、彼女って悲劇のヒロインキャラなのかもって、ふと思ったり。

が、銅メダルを賭けた団体最終戦では、見事に勝利。苦しんで、苦しんで、得るタイプなんだよね。同じチームの他の二人(石川佳純と伊藤美誠)は、同じ状況なのに飄々とスイスイ行ってるように見えるのは、気のせいか。

だから愛ちゃんに絶大なシンパシーを感じてしまう。性格が優し過ぎて、攻めきれないって話を聞くと、なおさらのこと。

メダルは有限、挑戦は無限」
っていう何かのコマーシャルがあった。メダルには限りがあり、負けがあり、ドラマがある。金メダルが取れれば喜ぶけど、惹かれるのは取れなかった選手たちの物語。

福士加代子選手が高校時代の恩師に言われたという「負けたことに負けない 」っていう言葉も、カッコいい。

そして、最後はサッカー ブラジル優勝。悲願の金メダル!!!

2014年、自国開催のワールドカップでは、準決勝でドイツに7-1大差での敗北。優勝どころかメダルも逃す羽目に。そんな因縁のライバル ドイツにPK戦までもつれにもつれ、ネイマールのゴールでの勝利!!!今回のオリンピックで、ついに雪辱を果たしたのだ。

ブラジル人って、ホント、底抜けに明るくて、フレンドリーなんだけど、サッカーになると目の色が変わる。

2009年のリオ。マラカナン・スタジアムのガイド付きツアーに参加したとき、その悲劇を知った。

「ここは1950年、ワールドカップ ブラジル大会のために建設されたの。優勝を賭けたその一戦、こともあろうに、ブラジルは負けたのよ、ウルグアイに...。ファンは悲嘆にくれ、自殺者まで出る大変な騒ぎになったの」

ガイドのブラジル人女性は20代後半か。当然、リアルタイムでは体験していないのに、何とも形容しがたい、心の底から悔しそうな表情を見せた。悔しさの遺伝子は脈々と受け継がれ、彼女に乗り移っているのではないか? その顔を見たとき、ブラジル人のサッカーに対する強い執着が伝わってきた。

2014年、準決勝でドイツに大敗し、メダルさえも逃したときは、ブラジルという国が滅びたらどうしようって、本気で心配した。サッカー命の彼らが、こんな屈辱に耐えられるだろうか。

なので、今回のオリンピック。国民的英雄のネイマールが、ワールドカップで大敗したドイツ相手に、PK戦の5本めで見事ゴールを決めたとき、東京で拍手喝さいしつつ、思った。

「ああ、よかった!これで、ブラジル人の勝利伝説の完成だ!」

マラカナンでガイドしてくれた彼女は、今ごろ鼻の穴を膨らませながら、誇らしげに語っていることだろう。

「ここでは悲劇が2度も起きたの。1回めは1950年のワールド・カップ。2回めは2014年。でも2016年、南米大陸で初めて開催されたオリンピックで...」

最近、涙もろくなってるあたしは、そんな光景を想像するだけで、またまたうるうるしてしまうのであった。








2016年8月18日木曜日

小川美潮 生歌

1980年といえば、時代はニューウェーブ。日本でもテクノの影響を受けた、いろ〜んなバンドが弾けてた。

有名どころだと、YMO、ジューシー・フルーツ、シーナ&ザ・ロケッツあたり。ちょいとマイナー系だと、ヒカシュー、近田春夫&ハルヲフォン、ビジネス(ボーカルは美空どれみ!)、スクーターズ、イミテーション、ヴァージンVS、プラスチックス、Sandii & The Sunsetz...まだまだいっぱい、百花繚乱。

尖ってた時代、ヘンなもの、おもしろいものがどんどん出てきた。今にして思えば、数年後には、バブルに突入する経済の勢いも手伝ってたのかも。

そんな時代、アジアン・テイストな音楽のハシリだったのが、チャクラ(Chakra)。オーガニックな要素もあり、ロックやフュージョンも取り入れた、今で言うならミクスチャー系か。

小川美潮の伸びやかな高音ボーカル、そして、彼女が創りだす唯一無二の世界観を持つ歌詞。

たとえばこんな感じ。
『ちょっと痛いけどステキ』

あれから35年、彼女の世界観は全然変わってない。

「邪魔する人と徒競走」

「たくましく ひろく まるい こころを」

詞がしみる。

トークも炸裂。

蚊に刺された話。「若くて元気な蚊」という表現が。バックミュージシャンに「元気はわかるけど、なんでその蚊が若いってわかったのか」と突っ込まれたりすると、若い蚊について語る、語る。

まるで家にお呼ばれしたようなアットホームな空間で、彼女の世界観に満たされる至福。

ライブ後には、ご本人とお話しもできたし。心底感動したときって、言葉は無力だなって、つくづく思う。足りなかったような気がするけど、伝えようっていう気持ちは、伝わったかもかも。(敬称略)

2016/8/5(金) @Cherokee Live Tavern 学芸大学

2016年8月11日木曜日

カンボジア映画「シアター・プノンペン」

夜な夜なボーイフレンドと遊びまわる、セクシーな女子大生ソポンだが、お気楽そうに見える彼女にも悩みが。精神的に不安定で体調がすぐれない母、厳格過ぎる軍人の父が問答無用に押しつけてくる縁談。

そんなある日、ふと迷い込んだ廃墟のような映画館で、映写技師だという謎の老人と出会う。ポル・ポト派がカンボジアを支配する前年に撮影された映画は、最終巻が行方不明だという。その映画には自分とそっくりな女性が。なんと!ソポンの母は、かつて女優として活躍していたのだった。

失われたラストシーンを撮影し直そうと東奔西走する彼女の前に、秘められた過去が次々と浮かび上がってくる。一見高圧的に見える父の苦悩、秘められた母の恋、嘘と罪、そして...。


国民の4分の1が命を失い、犠牲者は300万人とも言われるクメール・ルージュの圧政。とりわけ知識人、芸術家は標的となり、主人公ソポンの母を演じているディ・サヴェットは、内戦を生き延びた唯一の女優だそう。

若い世代から見た自国の負の歴史を現在の実体験として描きつつ、親の世代の秘められた過去が次第に明らかにされていく。時空を超えた、壮大なヒューマン・ドラマ!

母と娘の一人二役を演じるのは、新進気鋭の女優マー・リネット。今どきの若いコのザラザラしたエネルギーと、しっとりほんのり漂う色気が魅力的な若かったころの母を、見事に演じ分けてます。

そして、ソト・クォーリーカー監督は、アンジェリーナ・ジョリー主演作のラインプロデューサーを務めるなど、ハリウッドで活躍後、帰国。カンボジア初の女性監督として、この作品を製作したんだそう。

ロケで撮影されたという路地裏の風景、旅情をかきたてられるなぁ。暑い国、途上国の首都に共通するねっとりした感覚が、スクリーンから伝わってきた。

8/20からは横浜ジャック&ベティ、10月には下高井戸シネマ、他全国各地で上映予定。
お近くで観る機会があれば、ぜひ!

http://www.t-phnompenh.com/


追記:ひさびさの岩波シネマ
壁に貼られた公開された映画のポスターたち。
「マルチニックの少年」、懐かしいなぁ。
この映画がきっかけで、マルティニーク島に行ったんだっけ。
1980年代後半、ワールド・ミュージックがブームになったときは、カリとか、マラヴォワとか、カリブ海に浮かぶ、この島出身のミュージシャンが、J-WAVEでよく流れてた。
「マルティニーク」じゃなくて「マルチニック」なのが、時代を感じたりして(^^♪





2016年8月4日木曜日

パルコ(一時)閉店 SHIBUYA, Last Dance_

PARCOができたころ、まだ小学生だったあたしは、強烈な憧れを抱いた。マキシスカートやパンタロンを着こなした、カッコいいお姉さんたちが闊歩していた時代。秋川リサとかね。

山本リンダの「どうにもとまらない」が発売されたのが1972年。秋吉久美子の「赤ちょうちん」が公開されたのが1974年。

PARCOが開店した1973年は、伝説のカウントダウン番組「全米トップ40」のチャートを、ノートに記録し始めた年。今みたいに検索すれば、たいていのコトはわかるって時代じゃないし、洋楽情報は希少価値だったなぁ。

「PARCOが閉店する時代になったんだよ」

通りすがりの男性の声が聞こえた。振り返ってみると、同年代かな。

でも大丈夫。3年後に渋谷PARCOは、帰ってくるそうです。今どきな複合ビルに生まれ変わって。3年なんて、あっという間だろうな。

この展示会は、8/7(日)まで。
渋谷近辺に行くことがあれば、ぜひぜひ〜。
時代を目撃するのにゃ。


By しりあがり寿


一瞬にしてわかる 森山大道作